|
|
2007年のシステムこのページはロッソ熊本の2007年のシステムを振り返ってみたいと思います。システム2007年、ロッソは従来の3-5-2から4-4-2へシステムを変更しました。本来池谷監督がやりたかったであろうこのシステムがなかなか出来なかった理由は左サイドバックの不在にありました。2007年、有村を獲得したことが、4-4-2を1年間通して出来た大きな理由の一つだったと思います。前期、開幕から第六節まで2007年のロッソは開幕時から4連勝しましたが、その内容はあまり良くありませんでした。そして第5節、6節と連敗し、メンバーの見直しを迫られます。その時期までのロッソのシステムです。まずGKは小林弘記。ベルマーレから移籍してきたキーパーで、2007年シーズンは1年間フル出場しました。昨年のキーパー飯倉の穴を埋めました。 DFは左サイドバックに新加入の有村、右サイドバックには昨年と同じく市村が入りました。この2名も年間通して活躍しました。 センターバックは、元日本代表上村と昨年途中から加入した矢野。熊本出身の2人が中央を支えました。 DFはほぼこの4名で年間通して固定されましたが、もっとも変更が多かったのは中盤です。開幕からはこの時期までは小森田と熊谷(喜名)のボランチに、関と松岡のサイドアタッカーが多用されました。しかし、関が第5節から負傷で離脱するとチームは連敗。噛み合わなくなりました。 FWは高橋と北川が先発。小林陽介をサブにする形が使われました。 前期、第7節から14節連敗したチームの救世主となったのは大卒新人の西森です。彼が第七節の後半からピッチにはいり、中盤に連携が戻りました。また、松岡に替わって、喜名と熊谷を併用し、さらに小森田も入れた中盤が完成します。 また、FWも北川から小林陽介を多用するようになります。 DFラインは変化はありませんでしたが、第13節に上村と矢野の両センターバックが同時に出場停止になるというピンチに、佐藤と大瀧が入ってしっかり仕事をし勝利をもたらしたのは特筆されます。 前期15節〜後期10節中盤を支えていた喜名の負傷で出番が回ってきたのが吉井でした。彼が豊富な運動量をロッソにもたらし、チームの中核となっていきます。また中盤の攻撃陣では西森の故障がありましたが、喜名や関も帰ってきて斉藤も出番が出てきました。 FWでは小林陽介から北川を再び先発で使うようになりました。 後期11節〜最終節DFでは出場停止が多くなる時期です。しかし、この時期に昨年の負傷で長期離脱していた福王が帰ってきて出場停止の穴を埋めていきます。終盤にはフル出場を続けていた市村も負傷してしまいましたが、その穴も福王が埋めました。FWでは新人・山内が台頭してきます。そのスピード・運動量で小柄な体をカバーし、スタメンを勝ち取りました。 中盤では吉井が負傷してしまいましたが、帰ってきた西森、松岡、熊谷などがその穴を埋めました。 全体を通して4-4-2を維持全体を通してみれば、4−4−2というシステムを最初から最後まで維持できたのが好成績に繋がった理由だと思います。負傷者も多かったのですが、それをカバーできる人材が揃っていました。また、西森、山内といった新人の台頭も大きかったです。このチームは期間中、一度も選手を補強すること無しに、最初からいるメンバーだけで戦い、JFL2位を勝ち取りました。 |